月刊ニューメディア 2018年9月号 今月の表紙
今月の表紙 「時には人のパートナー」で「時には乗り物」という新コンセプト
古田貴之 千葉工業大学 未来ロボット技術研究センター(fuRo) 所長

 

●文:渡辺 元・本誌編集長
●写真:上飯坂 真(Marcoporlo)

 

「人と馬の関係」がAIで蘇る

 日本のロボット開発を牽引している千葉工業大学未来ロボット技術研究センター(fuRo)が、RidRoidシリーズ「CanguRo(カングーロ)」という新型ロボットを開発した。RidRoidはRide(乗り物)とRoid(ロボット)を合わせた造語、CanguRoはカンガルーのイタリア語だ。CanguRoはロボットとしての性能や洗練されたデザインも優れているが、「人と乗り物の関係」について新しいコンセプトを提案しているという点でも画期的な開発と言える。

 日本を代表するロボット開発者として有名な古田貴之・fuRo所長は、人と乗り物の関係に関する一つの疑問を持っていた。

 「これだけロボット技術やAIが進化している中、乗り物は本当に進化してきたのでしょうか。あるいは人と乗り物との関係は変わってきたのでしょうか」

 AIが進化しても乗り物の目的・用途は「A地点からB地点に移動する」というもので、依然として変わらない。自動車にいろいろなAI技術を継ぎ足して実装していくという開発を続けていることは、決してイノベーティブではないのではないか。古田所長のこの疑問が、今回のプロジェクトの原点となった。

 「ここで乗り物の定義を変えてみたいと考えました。かつて馬は『人のパートナー』であり『乗り物』でもありました。馬は時には人の相棒になり、時には移動体になりました。これからのAI時代における人と乗り物との新しい関係も同じようにすることができるのではないでしょうか。かつての人と馬との関係のように、時には人のパートナーとなる知能ロボットであり、時には乗り物になる、という新しい関係です。こうして産まれた機械生命体がRidRoid『CanguRo』です。これはロボット技術とモビリティの完全なる融合を目指した機械です。我々はこのRidRoidで、人と乗り物の新しい関係を作り出すことを目指しています」(古田所長)

 金属のカンガルーのようなCanguRoのデザインは、プロダクトデザイナーの山中俊治氏とコンセプトの段階から共同で行った。現在は法律上、まだ公道を走行することはできないが、機能的にはCanguRoはパートナーロボット状態の「ロイドモード」ではユーザーが歩くとに自動的に走行して付いてくる。ユーザーが立ち止まると、CanguRoもそれを認識して止まる。ユーザーが長距離を移動しようという時には、CanguRoを三輪のオートバイのような乗り物状態の「ライドモード」に自動変形させて乗ることができる。

 CanguRoの操作は「RidRoidナビゲーター」というタブレットPCやスマホのソフトウェアで行う。CanguRoは移動中にレーザースキャナを使ってリアルタイムで地図生成と自己位置推定をしている。自動運転車のコア技術であるSLAMの技術を高度化、小型化したfuRo独自のScanSLAM技術でCanguRoに搭載できるようにしたのだ。スマホのRidRoidナビゲーターの画面に表示された地図上である地点を指定すると、ロイドモードのCanguRoが自動走行してその場所に迎えに来て、自動的にライドモードに変形してユーザーを待ってくれる。

 ライドモードでの操作性も優れている。乗車したユーザーが操縦しながら曲がりたい方向にハンドルを切ると、CanguRoはスピードに応じて適切に車体を変形して左右に傾き、バランスを制御する。ちょうどスキーのスラロームのように、高速走行しながら小さな旋回半径でターンできる。またCanguRoには速度によって振動の速さが変化するボディソニックスピーカーが搭載されていて、あたかも馬の心臓の鼓動を乗っている人が体感するように、CanguRoの状態がバイブレーションで操縦するユーザーの身体に伝わってくる。ハンドルにはアクチュエータが搭載されていて、ハンドル操作の重さを制御できる。これらは人馬一体のような「人機一体」を作り出す工夫だ。

 

「空気を読める」AIの開発でも成果

 CanguRoを構成している部品や技術は、他のロボットやパーソナルモビリティにも活用できる。今回開発されたインホイール駆動ユニットや自動操縦技術、操縦用ソフトウェアなどを活用すると、ロボットやパーソナルモビリティの開発が容易となる。CanguRoの駆動輪である2つの前輪に実装されているインホイール駆動ユニットは、モーターや制御用のセンサーなどを小型・軽量のユニットに一体化した。開発したこれらの部品や技術は、今後製品として供給していく方針だ。他の企業や大学などが部品を一から開発するのではなく、fuRoが開発したこれらの部品や技術を組み合わせればロボットやパーソナルモビリティを作れるという開発環境を用意したのも、今回のCanguRo開発の大きな功績だ。

 CanguRoは将来的には、ユーザーが商店街で買い物をするとき、CanguRoを呼ぶと自宅から買い物かごを持ってやってくる、といった相棒にしたいという。そこで重要なのは、知能ロボットの技術だ。例えば、周囲の状況から商店街の人込みを通っていることを認識して安全に走行し、ユーザーが買い物を目的としてそこにいるということも判断して気の利いた行動を先読みして行う、といった機能が必要になる。fuRoではパートナーロボットとしての性能向上に向けて、画像などによって周囲の状況が持っている意味を認識する、いわゆる「周りの空気を読める」AI技術の開発も同時に進めている。現在は安全な走行のためにセキュリティと、人が苦しんでいるかどうかといった人間の健康状態の2つに関する認識率の向上に取り組んでおり、すでに人間の判断水準に近い認識率を達成しているという。

 「AIが進化していく中でそれを乗り物にどう使うかという問いへの解は、世の中にまだありませんでした。だからこそ乗り物とロボット技術を融合して、新しいAIの受け皿となるような乗り物としてCanguRoを開発しました。我々の目的はモノを作ることではありません。真の目的はイノベーションにより新たな価値を作り、社会変革を起こすことです。CanguRoのようなRidRoidが世の中にたくさん生み出されて使われ、人と乗り物との新しい関係を作り、社会を元気にする。その未来を実現したいと思っています」(古田所長)

 CanguRoは外務省主催で日本のアート、デザイン、テクノロジーを海外に紹介するため7月からロサンゼルスなどで開催された企画展「ジャパンハウス」でも8月15・16日に展示デモされる予定である(なお、展示期間については未定)。「時にパートナーとなり、時に乗り物になる」という AI時代における人と乗り物との関係の新しいコンセプトは、海外のロボット開発、自動運転車開発にも衝撃と影響を与えるだろう。

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